美術館について

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旧鎌倉館

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神奈川県立近代美術館は、日本で最初の公立近代美術館として、1951年に開館して以来、つねに美術館はどうあるべきかを考えながら国内での先導的な役割を担って活動してきました。時代と世界に向けて広い視野をもつこと、変化する社会の要請を見極めること、美術館が拠って立つ地域との結びつきを豊かにすること、歴史の中に今日的な課題を見出すこと、そして美術館の独自性と主体性を失わないこと。そうした事柄をいつも念頭において経験を積み、これからの活動を探っています。
2016年度からは、葉山館、鎌倉別館と略称している二つの建物でそれぞれ一年に数回の展覧会を開催しています(鎌倉別館は2019年のリニューアルに向けて休館中)。展覧会とならんでさまざまな教育普及活動のプログラムを組み、美術館を多様なかたちで楽しめるよう心がけています。美術館が誰にでも親しめ、快適な場所であり続けられるように、そのうえ、何かが発見できるところであるように、それが神奈川県立近代美術館の目指すところです。

館長からのメッセージ

「近代」と呼ばれる鏡

2018年4月 神奈川県立近代美術館館長 水沢 勉

「春一番」という麗しい響きの言葉は、いつのまにかなにやら物騒な「爆弾低気圧」という表現に取って代わられてしまったようです。このところの異常気象が日常語にも大きな影響を及ぼしているのでしょう。
鎌倉と葉山という比較的な近い距離をおいて、現在二つの美術館をもつ神奈川県立近代美術館は、現在、鎌倉にある別館が本年度から本格的に改修に入ろうとしています。そんな矢先にやってきた「爆弾低気圧」でした。
それは鎌倉と葉山の気候の違いをまざまざと私たちに感じさせずにはおきません。
私自身、2000年以来、葉山の地に暮らしていることもあって(しかも、風早橋のそばで)、その春先の強風のすさまじさは、身をもってしばしば感じています。相模湾を渡ってきた風が轟轟と呻り声をあげながら遠くから迫ってくる。その恐ろしさは、横浜の郊外に暮らし、周囲を小高い岡に囲まれた鶴岡八幡宮境内の鎌倉の美術館に勤めていたときには(台風の季節をのぞいて)未知のものであったのです。
泉鏡花の名作『草迷宮』の冒頭は、その華麗な雅文体のために、まるで一幅の絵のように受け取れてしまいがちですが、長者ヶ崎から秋谷海岸にかけての大海原を荒波が吠え猛るさまを「根に寄る潮の玉を砕くは、日に黄金、月に白銀、あるいは怒り、あるいは殺す、鋭(と)き大自在の爪かと見ゆる。」と深い畏怖の念を込めて描写しています。
風光明媚と人々に褒め讃えられ、明治期にエルヴィン・ベルツ博士に健康増進の保養地として太鼓判を捺された葉山。そこには半島的というべき荒々しい生(き)のままの自然が息づいています。かたや無数の古刹や由緒ある神社によって惜しみなく象嵌を施された精緻な工芸品を思わせる鎌倉。
私たちの美術館は、「近代」という一つの鏡で、時間と空間の魔を宿すそれぞれの場所を照らしだし、そのことによって新しい文化的なブレンディングを目指す所存です。
2018年度の活動は、葉山を主とすることになりますが、鎌倉を忘れることなく、抱きあう二つの個性的な空間を磨きつづけます。

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